雑魚リーマンがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

幽子と綺朽代 Case#65-2 “デイガンシュウライ”

転がる様に自室を飛び出した私は急いで階段を下りながら、一階風呂場横に位置する書斎へと向かっていった。


「式じゃなく陣を張るっておきくには啖呵を切ったはいいが、ちゃんとしたモン用意するんは時間が足りねぇ……。イチから準備している暇ぁ無い分、どっかしら端折らねぇと」



書斎入り口のすぐ傍に立てかけてある、自身の腰ほどの高さのある化粧箱を叩きつける様にひっくり返し、四桁の暗証番号を左右揃えて施錠を解き、上部外枠が内側より跳ね上がったと同時に、所狭しと収納された道具を取り出し続ける。


「印料は液状でいっか。つーか硯(すずり)で擦る間すら惜しいし……くっつけてから神酒を張って……あぁもうメンドいなぁ、くそっ!」


継ぎ目が限りなく分かりづらい、丁度文庫本程のサイズ感の木枠を十組、横に五つづつ並べ、その一枚一枚へと面ぴったりのガラス盤を重ねていく。


玄関・裏口・風呂場に一つずつ、二階の私・綺朽子の自室とに二つずつ、あとはリビングに三つの、計が十。


一通り終わった後、今度はそれらをひっくり返し、零れないように注意しながら、(味はともかくとして)由緒ある日本酒を容積丁度に注いでいく。


続けて先程の作業同様に、再びガラス盤で蓋をした後、接着面が固まるまでの間に打ち付ける為の釘と槌を用意し、筆に紅墨を浸し、拵(こしら)えた封具へと梵字を一筆書きにて記していく。



(本来こんな突貫作業でやるべきことじゃあないのに、準備無しで×10とかどんな罰ゲームだよ)


こなれた作業だからかどうかは不明だが、心の中で悪態をつきながらも、実際に声を出しての託言を添えた押印は、しょうもないアクシデントを誘発せず、滞りなく完了することが出来た。


「ここまでで5分弱、か。ちょっとおしてる……急がなきゃ」



首からぶら下げた懐中時計の針の進み具合を確認し、休憩を挟むことなく私は右腋に封具を抱えて、危険度が高いと予測される1階から先に陣を敷き始めた。


具体的には扉あるいは窓の付近――それぞれに接する壁面へと封具一つずつを、釘で打ち付ける作業を指す。


一軒家とはいえ借り家(それも敷金ゼロ)であったが故に、退去時には修繕費が嵩むことを懸念などしている余裕など皆無。


命が懸かっている事に比べれば多少の金銭など喜捨してなんぼだろうと、私は守銭奴具合を目下の危険度で無理矢理押さえつける事に葛藤していた。


「よし、次……」


殺風景とも取られがちながら、しかし本日のこのような事態を想定していたからでは有り得ないただの偶然の符合に違いないのだろうけれど、必要以上に家具や備品を配置していなかったのが功を奏したのだろうか、1階における6ケ所の封印作業は、割かしスムーズに進行した次第であった。



「ハァハァ……膝と腰と首が痛ぇ~~……動悸も上がって、来やがった……」



少し動いただけで斯くもしんどくなる体力の衰えを、全身全霊で呪いたくなる。


恐らくとはいえ確実な脅威が自分へと向かって来ていて、且つ時間的余裕も然程見込めない状況から、必死になるのは山々とはいえ、何故今日なのかと発狂しそうになりながら、しかしまだ自失するには心のキャパシティは有り余っているようであって。



「久々に這入ったけど……ハァハァ……クッソ悪趣味というか、ストレートに気ン持ち悪ぃな……おきくの部屋……うっぷ……」


れっきとした科学的根拠が無かったとしても、日常的にこの空間で寝起きする者の心身を侵すとしか思えない、視界全てを覆うピンクあるいはパープルのコーディネートに、私は軽く嘔吐(えず)いてしまった。


しかし刻一刻とタイムリミットが迫っている実状から呑気に実妹の自室で吐瀉物を垂らしている暇なんて絶対に無かったが為に、喉をせり上がってきかけていた液体プラスアルファをこくりと飲込みながら、二つの窓付近へ封具を打ち込んだ。


綺朽代の部屋での作業を終え、あとは私の部屋を残すのみとする。


そして、ふと気が付いたというか思い付きというか、私は最後の作業場である自室へ向かう手前、既に作業の完了した窓にかかるおどろおどろしいカーテンを、なんとはなしに横に引いた。



「…………ふん、気のせいか」



B級ホラーのよくあるセオリーとして、壁にべたりと手形が多々ついている訳もなく、澄み渡った朝特有の空気と景色が満ち満ちていた。


東側に対して西側である為、この場所からは現在のあれの動きは把握できなかったのがいただけなかったが。


「んじゃあ仕上げ……戻るか」



果たして私が諸々の作業なり準備なりを終えて自室に戻ってた際、自ら見張りを買って出た綺朽代がいきなり血だまりで絶命している、みたいなこともなかった。


彼女が有するスペックからしてそれは万に一つあるかないかの超例外的事象だということを私が既知としていたからかまぁそうはならんよなと思いつつ、私は「お待たせ。あとここに置けば終わり」と彼女へ声をかけた。



「おかー。意外と早かったんね、あと十分は軽くいけたんけんど、杞憂やったねぇ」


緊迫している私とは対照的な、涼し気な声色で綺朽代は返事をする。


「だいぶ急いだからな。で、どう? 何か動きはあった?」


「一切あらへんなぁ。見てるうちはびったし、全然動けへん」


あぁ良かった間に合ったのだと安堵しながら、私は最後の封印を施すべく、綺朽代の横へと並んだ。


そして、ついと視線をやったその先を見、軽い眩暈(めまい)を感じた気がした。


違和感を通し越した不信感、目を疑いたくなるような――現状の有り様の所為で。




いや、ちょっと待て。



おかしいだろ、だって。



だって綺朽代は 動 い て い な い って――。




「あのさ、おきく。一つ質問があるんだけど」



「んん、なんね? 先に陣敷いた方がえぇん」



「違うの、それどころじゃなくてこれマジにすっごい大切なことだから、正直に今直ぐに答えて欲しいんだけど」



「わかった、なんじゃらほい」



「おきくから見て、アイツは――」




ア イ ツ は 今 ど の 辺 り に 立 っ て い る ?




なんやそんなことかぁと、牧歌的な雰囲気を醸し出しながら、綺朽代は半笑いの表情で、こう返した。





「 バ ス 停 と コ ン ビ ニ の 中 間 ら へ ん 」





「それは、今も……?」



「うん。てーかウチがゆう姉の部屋あれ見つけてから ず っ と やけど」




いや。



いやいやいや、それはおかしいだろ。



それなら、それならば、何故そうなっている、どうしてこうなった。




景 色 内 の 何 処 に も ア イ ツ が 見 当 た ら な い の は 、 何 故 ? ?