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幽子と綺朽代 Case#65-1 “デイガンシュウライ”

記念日とは良いものだ。


年や月、あるいは週など区切りの間隔は定義によって違うにせよ、予め設定することによって必然的に生じるその日が訪れるまでの間に関して、まるで織姫と彦星が如く逢瀬を待ち侘びる感覚が、否が応にも付随してくるのが一番の理由なのかもしれない。


ならばその待つ間を最短に短縮した上で且つ日毎に取っ替え引っ替えひっきりなしに訪れたならば、それはもう至上以外の何物でもないのだろうかという、年齢にそぐわないかなり幼稚な試行錯誤から、1日ごとに記念日を設定しようと決めて就寝してから起床したのが、今日である。



365日エヴリデイがアニバーサルな、記念すべき記念日の、まずは1日目。



速攻でぶち壊しに来る予感しか湧いてこない現象に予期せず遭遇してしまった私は、陰鬱な気持ちで胸がいっぱいになっていた。



「おは。なんよ、昨日あんだけはしゃいどったのに、そのぶすっとした表情。生理け?」


どこか耳障りな舌足らずな声が、私の左側より聞こえてきた。


「な訳ねぇだろボケナス。タダでさえのっぴきならない状況なのに、輪ぁかけてこれ以上不快な気分にさせんじゃねぇよ売女婆ぁがよ」


私は視線を彼女に向けることなく吐き捨てる様に(というか文字通り唾を吐きつつ)愛すべき双子姉妹の片割れである綺朽代(きくよ)へと言葉を返した。


「マァ! ばいたばばあなんてそんなお下品なあだ名、朝っぱらからよぉ言えんな。ゆう姉、あれやで健全な身体の持ち主は、健全な文言だったり喋り方をするんやってよ。アンタはきっと絶対ちゃうやろうなぁ」


六十年以上生きてるのだから今更健全も何もねぇだろつーかこちとら節々にガタ来てんだよ週一の買出しの翌日どんだけダルいか分かれやアバズレと、軽く悪態を吐くも綺朽代は全く意に介していない様でいて、見えないながらもきっとへらへらニヤケ面を浮かべながら、はたして私の真横へと並んだ。


「なぁ、ゆう姉」


「んだよ、おきく」




「 あ れ 、 何 な ん ? 」




「どう考えても良い奴じゃぁ無さそうだな......つーかこっちが聞きてぇよ――」


窓から差す逆光の加減で開けた左瞼を閉じそうになりながら、しかし決して閉じずに目を細めるまでに留めながら、私は忌々しげに呟いた。



切っ掛けは、前触れも前振りも予兆も兆候も一切無い、ほんの単純な気付きより開始された――されていたのだと、思う。



それは、気が付けば視界に入っていた。



よーし今日は“血糖値上昇ガン無視して余命切り詰め上等ひたすら甘味物を貪り食う”デーだし、片っ端から和風スイーツをデリバリっちゃうぞぉと意気込みベットから飛び起きた私は、景気付けにと陽の光を取り入れる為、東の方角に位置する窓のカーテンを、勢いよく開け放った。


あぁなんて良い天気なんだろう幸せだなぁ生きていることに感謝だなぁなどと深呼吸をしながら生の実感を噛みしめていた矢先、ふと気になる存在が在ることに気が付いた。


在るというよりかは居るというか、何にせよそれは当初、私が存在を認識した際、3~400メートル程離れたバス停のベンチの傍――私が住んでいる住居よりだいぶ遠くに離れた場所に、ぽつねんと立っていた。


老眼鏡を必要とするまで視力は落ちてはいなかったものの、かといってそこまで目がよくなかった私は、「なんかデカい奴がいるなぁ」位にしか感じなかった。


その際そこまで違和感というか不自然さは感じなかったからか、私は視線を外して晴れ渡る青空を仰ぎ見ながら、どのブランドから攻めてやろうかしらと自然と笑みをこぼしながら思案に耽る。


僅かに訪れた幸福な時間は、くどいようだが何の前触れも前振りも予兆も兆候も一切啼く、突如として終わりを告げる事となった。



不意にぞくりと、悪寒が全身を震わせる。



はたと我に返った際、先程までバス停付近に佇んでいた存在が、 ま る で 瞬 間 移 動 で も し た か の 様 に、住居の向い――道路を挟んですぐの立地にあるコンビニの真ん前へと移動をしていたのである。


大体にはなるが、体感で5秒にも満たない短時間で、こうも一気に距離を詰められるものなのか――通常でならば無理であろう。


しかしそれは明らかに私へと向かって距離を詰めてきているのも事実。



薄汚れたズタ袋のようなものですっぽりと頭部を覆っているそれは、目視で視認できる距離をして初めて、あからさまに異様な風貌が際立たせていた。


まず第一に、デカい。


尋常じゃないぐらいにタッパがある。


余裕で2メートルを超える長身からして目立つのにもかかわらず、往来を行き来する人々はその存在に目もくれていない時点で、普通の存在で無いことが伺えた。


加えて全身が墨汁で塗りつぶしたかのような黒い襤褸布(ぼろきれ)で包まれており、片や左手には禍々しい鋭利さ全開の鉤爪が装着されており、そんでもって右手には長い棒の先に棘々がついた明らかに殺傷を目的とした武具の様な物が握られている。


殺意の塊よろしくな風貌のそれは、一見してそれなりに広い公園に行けば群立している前衛的な彫像の一種にも思えたが、私が耄碌していたり痴呆が発症していないという前提に於いて、昨日の迄の間にこんな存在は見てもいないし、あんな不自然な場所に立ってもいない。


そして私が視線を向けている間、全くもって微動だにしない点に対して、不気味さを通り越した戦慄を抱かざるを得ない。



「つーかさ、おきく。お前も見えてんだよな、あれが」


言質を取る必要性があるかどうか不明瞭ながらも、しかし手持無沙汰感が半端無かったからか、私は間を持たせる意味でも綺朽代へと最低限レベルの確認を取る。


「うん、はっきりくっきり見えとぉよ。なんね、随分物騒なナリしとうねぇ、あの人」


「絶対人じゃねぇよ。あんな奴がほいほい居てたまるか」


「でも実際見えとぉからね。霊力からっきしなウチでも見えるゆーことは、あっこにおるゆーことで間違いないやろ」


「っざけんなよ。主要なゴタゴタは半年前に一段落ついたってのに、またも延長戦か? オフサイドって奴か? あぁ??」


「知らんよ。何ねオフサイドて、八つ当たりやめぇや。あっ。てかな、あのあれちゃうのん」


「どのどれだよ。具体的に言えちゃんと」


「他家の残党的な。ゆーたら使役者はおっ死んどぉけど指示系統がまだ残っとってそれが機能してるだけの、操り人形的な。あるいは自動遠隔操作的な?」


「初めにその線には勿論至ったが――たぶん違うな。だとしたらの独特な匂いを感じねぇんだよ、傀儡とかとはきっと、違う」


「んー。じゃあ猶更訳分からん存在やなぁ。でもあれ、このまま放っとくとあれ絶対ゆう姉のこと殺しに来るよねぇ」


「だよなぁー。やっぱ狙いは私っぽいよなぁー。ハァ~、マジでざけんなよ……。意味分かんねぇよ、ガチで……」


「理解するんは置いといて、これ以上近付かせるんは不味いと思うで。寝起きでしんどいかもやけど、式くらいは張っといた方がええんちゃうのん」


「いや……いざとなればおきくがいるからどうとでもなるけど、念の為もうちょい強めの陣を敷くことにしとく。じゃあ悪いけど、その間頼んでもいいか?」


「りょ。要はウチがあれを 見 張 っ と け ば えぇんやろ。瞬き無しやと15分くらいが限界やけど、そんだけぽっちでいけるけ?」


「充分。じゃあよろしく」


流石は血を分けた唯一の現存する肉親というべきか、皆まで言う前に私の意図は無事綺朽代に伝わった様であった。


おそるおそる窓より後ずさりながら、踵を返して私は行動を開始する。


急遽課された突発的な肉体労働に対して捧げるべき対価――賃金の発生しない不毛な行為によって生じるであろう筋肉痛に舌打ちをしながら、軋む老体に鞭打ちするように喝を入れる。



慌てないし騒がないし焦らない。



墓屍幽子(はかばねゆうこ)こと私は、残す余生を全うすべく、こんな些末な些事如きで動じて慄(おのの)くべきではないのだから。