雑魚リーマンがなんやかんやで小説家になるまでのブログ

凡そ社会的地位の無い30代男性が小説家を目指す為のブログ

【不定期連載】新説・笠地蔵 -8-

・前回・

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家に着くやいなや、儂は可及的速やかに夕げの支度を開始した。


囲炉裏に火をくべ、山菜を中心とした野菜類を刻み、出汁となる乾燥鰹を削り、主役である肉を適度な大きさへと切ってゆく。


食材を鍋へと放り込み、ことことと煮込んでいる内に漂ってくる香りにあてられたのか、寝たきりであった土岐子がううんと寝苦しそうな声を上げた。


起きる用の薬を処方せずに済みそうだなと安堵した刹那、



とんっとんっとんっ



……と、規則的に入り口の戸を叩く音が聞こえてきた。



(こんな夜更けに……というか人が訪ねてくるだなんて一度もなかったのに、一体誰じゃ?)


儂は訝しんだ。故に、無視して居留守を決め込むことにした。


が、しかし。



とんっとんっとんっ


とんっとんっとんっ


とんっとんっとんっ



(……………………しつこいな、どうにも)


晩餐の用意はもうすぐにでも整いそうな中、来訪者は去る気配を見せない。


どころか、次第に戸の叩かれる音の間隔は狭まっていき、その音量をも増してきていた。



ダンダンダンッ! 


ダッダダダンッ!!


ダダダダダダッ!!!



一つや二つではない……数人以上が同時に拳を木戸へと叩きつける騒音が、前方より響いてくる。


何やらただ事では無いと判断した儂は、囲炉裏の前より身体を起して立ち上がり玄関先へと進み、内側からかけられた閂(かんぬき)を外して木戸を横に引いた。


「五月蠅いぞ! こんな夜更けに何のよ……用が……」


出だしこそ怒鳴ってはいたものの、ここで儂はぎょっとする。




山中の闇を背景にして、そこには七体の異形が立っていたからだ。




小柄な儂よりも更に背丈が低いそいつらは、同時に一斉に片腕を前に突き出しながら、各々が意味不明な文言を口ずさみ始めた。


「――盗り喰う覆うは鳥居――」


「――差し出せば去り――」


「――差し出さねば去らぬ――」


「――加死か拷問か――」


「――老いし者よ決断せよ――」


一見して子供の様に見てとれるそれらは、しかし離れた囲炉裏の火の明かりに照らされた容貌の異常さから、この世にあるまじき存在であるのは明白だった。



爛(ただ)れて腐り落ちそうな皮膚。こめかみを貫通した無骨な一本釘。底の見えない南瓜を刳り貫いたかの様な顔面。肉という概念が一切無い真白な頭蓋骨。後頭部より不自然に飛び出している瘤(こぶ)。額より突き出した二本の角。鼻から下を乱喰歯で埋め尽くしている口蓋。



(化け物……!!)



咄嗟に儂は現出した異形らを遮断するべく、思うよりも早く戸を閉めようとした。



さすれど、その試みは実現に至らない。



「ッ!? ぐ、ぅうぅ……!!」



手の甲に鋭い痛みが走り、どうやら刃物で刺されたようだ。


悶絶する儂を鬱陶しそうに振り払うようにし、正体不明の存在らはずかずかと敷居を跨いで――家への侵入を許してしまった。



「――金子はどこじゃ――」


「――あるべきを我らは見れり――」


「――金子はどこじゃ――」



鬼と髑髏が儂を見張り、残す五体がさして広くもない居室をうろうろと歩き回っている。


どうやらこ奴らは何かを探しているらしい。


理不尽な暴力に屈しそうになりながら何もできないまま、儂は何でもいいから早くこの場から消え去ってくれないかと、脂汗を垂らしながら無言で願い続ける。



「――待たれり此れかぐわしき香り――」


「――腹ごしらえも止む無しが――」


「――されど我らが牙は血を欲さじ――」


「――喰らうか探るかあるいは殺むか――」



(まさか……おい。おいちょっと待て……)


晩餐である肉の入った鍋を煮込む囲炉裏の向こう。


目覚めの時を控えた土岐子の下へと、異形の者らは滲みよっていた。



「――これはこれはいみじう穢き――」


「――見るに堪えぬ浅ましさよおほほほ――」


「――つらしもはや一時たりとも辛抱たまらぬ――」


「――とく殺めりとくとく処せりとくとくとく――」



玄関先にて差し出さなかったもう片方の手。


五本それぞれに握られる、刃物と鈍器と刃物と鈍器と、そして刃物。



「「「「「――やぁぁあああああぁああぁああ――」」」」」



頭上に得物を振りかぶり、気の抜けた五重奏の掛け声と共にそれらが同時に振り下ろされる。



寝具を染め上げ、木目の床を伝う大量の血液の臭いを嗅いだ辺りであろうか。




たぶん儂は発狂した。




【続く】


・次回・


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