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【不定期連載】新説・笠地蔵 -6-

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冷汗が、つぅっと頬を流れた。


「ねぇ。実際のところどうなのかな? 強盗殺人犯と人攫いって、業の深さ的にはどちらが酷いと思う?」


叶芽は表情こそ柔和だったが、翠と蒼の双眸は一切笑っておらず、底知れぬ冷たさを放っており、容赦なく儂へと尋ねてきた。


「見ていたのか……?」


「見てたよ。酒屋さん家に入るところと、出てくるところ。ばっちり見てたよ」


「……儂はやっておらぬ」


「主語が無いから“何をやっていない”のか、分からないなぁ」


「だからっ! 既に酒屋一家は惨殺されておった! 金銭箱も空っぽであった! 儂は……儂はっ! 殺害も強盗もしておらぬ!!!」


声量こそ抑えたものの、明らかに儂は狼狽していた。


「ふぅん。でも、お酒はパクったんだし、窃盗罪だよねぇ」


焦燥に駆られる儂を愉快そうに眺めながら、尚も詰問を続ける叶芽。


「家内へ忍び入り或は土蔵を破り候類、金高雑物の多少に依らず死罪――あははっ、坂田のおにーさんこのままだと捕まっちゃった後で死んじゃうね」


「違うっ! あれは。あれは……等価交換じゃ!」


「前に酒屋の亭主と博打をした際、儂の勝ち分がツケとしてあって……でも、でもまさか死んでいるとは普通思わんじゃろう!」



あの日――つまりは二日前。


笠が売れず二進も三進もいかない状況にあった儂は、肉が手に入らなかった代わりにせめて土岐子へと代替品を用意せんと、苦肉の策として借金の前借を遂行すべく、西側郊外に店を設ける酒屋の自宅兼店へと夜中に訪れた。


戸を叩き呼びかけても一切の反応が無く、仕方なく中へと這入ると。



そこには酒屋と彼の嫁と子供らを含む四つの刺殺体が無残にも床へと転がされていた。



血生臭い腐臭を纏った、この世の全てを呪わんとせんかのような絶望と悲哀に満ちた表情が、四つばかり。


最初、一体何が何やら分からなかったが、だんだんと次第に事の不味さが実感を伴って、儂へと振りかぶさってきた。


意図せぬ非日常――予断を許さぬ切迫した状況により自我が崩壊し、自らが己の記憶を捏造している可能性も零ではないが。



しかし儂は、彼らを殺してはいないし、金を奪ってもいない。



酒屋に貸していた金額とほぼ同様の価値を持つ一升瓶を回収こそしたものの、何度も言うが儂は殺人も強盗も行ってはいないのだった。


「死人に口なし――便利な諺だよねぇ。真相はもはや闇の中だもんさ」


「口では何とでも言えるのは分かっておる。じゃが、儂じゃあない。儂は、やってないんじゃ……」


物理的に無理なのは承知の上で、もはや儂は年甲斐もなく泣きそうになってしまっていた。


涙が流れる事など、けっして叶わぬことなのに。


それでも可能であるならば、あらん限りの声を上げて、儂は泣き叫びたい気持ちだった。


「嘘か真かは定かじゃあないけど、うん。分かったよ。あたしは坂田のおにーさんの言い分を信じるよ」


「……本当か?」



散々罪に対する追及を受けていたのに、こうもあっさりと掌を返されてしまうと、普通は逆に疑いの念をかけるのではないだろうか。


よっぽどの無垢人であるとしても、何か裏があるんじゃあないか、と。


それこそ儂は、一連の目撃によって弱みを握られ――叶芽から強請(ゆす)られる覚悟さえあったのに。


しかし相対する老婆はかような素振りは今のところ見せてはいない。


「マジっぽかったからさ、弁明の仕方が。逆にこれがブラフならばそれはそれで見事に騙されたー! ってな感じで、ある意味儲けもの、かな?」


「だからね、おにーさん。坂田のおにーさんが正直に話してくれたお礼も兼ねて、もう一つの耳寄りな情報、聞きたい?」


あぁそういえば二つあるとか言っていたなと儂は思い出し、促した。


「あのねー。あたし、もうすぐこの町から離れなきゃならないんだよね。ちょっと用事が出来たってか、別の優先度の高い仕事が舞い込んできたっつーか」


「だから知り合って間もないとはいえ、坂田のおにーさんに餞別がてら、渡そうと思ってたものがあって、今日は持って来たんだ」


木籠にかぶさった布をめくり、果たして叶芽は物を取り出し、無造作に茣蓙へと放り投げる。


「おにーさんが欲しかったものと、あればあるだけないよりもあるに越したことはないもの」


「ま、後者はなんとなくサービスっつー感じで」


「なっ……!?」


儂は迂闊にも、叶芽に気付かれる程あからさまに、しかし思わずごくりと生唾を飲み込んでしまっていた。


どさりどさりと、音を立てた包み紙から覗くそれらは。



欲して止まなかった嫁の所望する肉と、


今迄に見たこともない量の金であった。



【続く】


・次回・

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