雑魚リーマンがギャンブル依存症を克服する為のブログ

ギャンブル依存症・安月給ザコリーマンが健常者へと歩む行動記録

Slash Happy OutsidereS

自慢じゃないが、僕は生まれてこの方一度も【幽霊】やら【妖怪】やら、そんな類の異能というか怪異に遭遇した経験が皆無である。



誰かが言った。「心が汚れているものには〝見え〟ないし〝感じ〟れない」と。



その言葉通りに、成人していく過程の中でギャンブル中毒に陥ってしまう、澄み切った心は持たず性根が汚れている僕には、そもそも無縁の話なのだろうとも仮定できる。



だが、恐らく本質は違う。



何よりも【人間】が一番怖いという現実を叩き付けられた経験が、過去にあったからに他ならない。言語道断、はっきりと言い切れる。






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-鉈-






小学校高学年から中学校1年生までの間、親の転勤の兼ね合いで関西から関東へ転居し、神奈川県某所に住んでいた時期があった。



公文式に通っていただけの尋常小学生は、急遽母親による教育方針の大幅変更に準じて、転校してからは進学塾に通い遅くまで勉学に励み、晴れてとある関東の大学付属中学校へ合格、入学してしまう。



朝5時過ぎに起きて15分かけて駅へ向かい、東横線で渋谷、井の頭線久我山まで乗り継ぎ、更に駅から10分歩かされる毎日の復路は、当時の僕にとって拷問に近かった。



加えて、今でこそマスコミが騒ぎ立てる体罰じみたものは日常茶飯事であり、宿題を忘れたり小テストの点数が悪いだけで、教師によく頭を叩かれ怒鳴られては、一人トイレで泣きべそをかいていたものだ。



運動系の部活にも入ってはいたものの、背が低い自分には当然スポットライトは当たらない。経験者であるアドバンテージを楯に惰性で参加しており、やりがいも生きがいも嬉しみも楽しみもない苦痛なだけの日常が、ひたすら辛かった記憶がある。



唯一気が安らぐのが、たまの休みに小学校6年生のクラスメイトだった数人との集まりだ。



メンバーの中心核であったKとは特に仲が良かった。真逆な性格にも拘らず自然と馬が合い、彼は何かと理由をつけては内向的な僕を誘い、様々な所に連れ出し未知の世界を体験させてくれた。



知らない事には興味が湧く。興味が湧くからこそ、好奇心が高まり日々に張りが生まれる。この集まりを糧に、辛い毎日を耐え抜いていたと言っても過言ではない。



だが、好奇心は猫をも殺すと言う諺がある通り、20年近く経った今でも未だにトラウマになっている事件が、ある日前触れも無く起きる。突発的な暴力に抗えない現実に、死の恐怖に屈服せざるを得ない事象に、幼少ながら絶望する事件が。






福富町という町をご存知だろうか。



文献『横浜・中区史』によれば、1962(昭和37)年から日本国内で流行りだしたトルコ風呂(個室付き特殊浴場もといソープランドの蔑称)が、1966(昭和41)年になって福富町西通を中心につぎつぎと建設されていったとある。関西でいう兎我野町、北海道でいう薄野と同様に、戦後名を馳せている歓楽街一帯の総称である。夜になれば辺り一面に極彩色を基調としたネオン光がまたたき、日々のストレスを吐き捨てるが如く、男女の金と欲望が渦巻いては消えていく、よくある都市の一角だ。



その福富町に近い桜木町に、Kの自宅は位置していた。



たとえ目的地が駅5~6つ分ほど離れていようとも、苦にせず僕らは自転車で何処へでも向かっていた。遊技場や駄菓子屋に赴き、事あるごとにKの自宅の庭にある、トタンを繋ぎ合わせた粗末なバラック(物置小屋)を溜り場としていた。外観こそ酷く痛んでいるものの、中に入れば雨風は充分に凌げ、且つ7~8人の子供が快適に寛げるスペースが広がっていた為、煙草をふかしたり駄菓子を頬張り屯するにはうってつけのアジトであった。



ある日、いつもの様に皆でだべっていると。Kの叔父が焼き鳥を片手に差入れを持ってきた。



彼は正に“片手”だけであり、右腕の無い隻腕だった。齢は80歳超。赤毛掛かった角刈りの短髪に、2メートルに及ぶその長身は、かつて動物園で見た熊を彷彿とさせる。



「ここだけの話さ、じっちゃん昔兵隊だったんだぜ!」



目を輝かせてKは叔父の武勇伝を誇らしげに語っていた。昔々戦場で名を馳せた栄誉の数々を、間を置かずにつらつら、つらつらと捲し立てる。



だが、大柄でこそあれ、物腰豊かで穏やかなこの老人が、果たして兵としての任務を全う出来たのだろうか。甚だ疑わしかったので、話半分に聞き流しつつ、僕はラーメンをすすっていた。






日が落ち、そろそろ解散しようかとなり、各々自転車に跨り、帰路を目指す。途中で財布を忘れた事に気が付き、僕は踵を返した。



Kの自宅に再び到着した際、窓には明かりが灯っていなかった。外食にでも出かけたのだろうかと独白しつつ、無遠慮にもチャイムを押さずに門を潜り抜け、庭のバラックへ向かう。



扉間際の電灯ボタンを押すが、反応せず明かりがつかない。どうしたものかと錯誤しつつ、結局埒があかずに手探りにて見つけ出す方法へとシフトした。



程なくして無事にマイポシェットは発見された。発見されたのだが、キーチェーンに付着した何かに違和感を覚える。ぬるりと、手が滑つく。暗闇の中で目を凝らした。なんだこれは、赤い。ひょっとして肉?なのか。よく分からない。






不意に、後ろの棚から、ゴトッと音がした。






「?!」






突然背後から左腕を巻き込んだ形で羽交い絞めにされ、圧迫された喉がくくっと音を出す。



まるで万力の如く締め上げるそれに僕の体は持ち上げられてゆき、爪先立ちになる。何が、起こった?






「Te destruiré a partir de ahora......Enmienda.........Enmienda.........!!」






耳元で囁くそれは英語か、いや違うこの独特の鈍り方はどこかで、そうだ金曜ロードショーでやっていたマフィア映画で聞いたあれだ。スペイン語?等と逡巡する。突如として半身の自由を奪われ、異国の言葉を浴びせられ、理解が追いついていなかったからか、痛みや恐怖はこの時点では感じていなかった。僕の首元にひんやりとした刃をあてがわれるまでは。






「俺は悪くないし、お前も悪くない。たぶん運が悪かっただけさ、諦めて受け入れろ」






ここで初めて僕はKの叔父に身柄を拘束され、生命の危機に瀕している事態だと、理解した。目元を下げると無骨なマチェットナイフが鈍い光を放っている。斑に錆を帯びたその刀身は、さながら鮫歯を連想させ、いとも容易く僕を殺傷せしめるイメージを抱かせた。意味不明なまま理不尽すぎる現況に、当事者の僕は血の気が引く。脂汗がどっと流れ、全身が粟立つのを覚えた。脳へ向かう酸素の供給が不十分となり、視界も次第に暗がりを帯びていく。



人は本当に恐怖を感じると、本能的に呼吸が出来なくなる生理現象も、経験として刻み込まれた。



暫くの間、何も起きない静寂の時が周辺を支配する。背後から聞こえる獣の様な吐息と、早鐘の様に鳴る心臓の鼓動が、不協和音を奏でている。体感で数十分にも及んだ一連のこのシーンは、蓋を開ければ10数秒の出来事でしかなかった。よく見聞きする走馬灯などは一切流れなかった。この後殺されてしまうかもしれない未来の訪れに戦慄していた。嫌だ、いやだ、イヤダ。












ニャーン、と。












明らかにこの場に似合わない、和やかな猫の鳴き声が、倉庫内に響く。



刹那、左腕の力が緩んだ。思考するよりも早く、反射と言っても差し支えないような速度で、僕は脱兎の如く叔父を振り払い走った。



振り向く余裕など微塵も無く、向こう3日間筋肉痛で一歩も動けなくなる程度に、限界を遥かに飛び越えたスピードで駆け、逃走した。桜木町より一駅はなれた反町駅前のコンビニの辺りで力尽きるまで、走り続けた。自転車は置いたままだったが、Kの家には戻る気にはなれず、悲鳴をあげる肉体を引き摺り、2時間掛けて自宅まで徒歩で帰った。親にはその日の出来事は話せなかった。









以降、Kの家には足を運ばないようになる。その後は、また関西へ舞い戻る経緯もあって、お互い連絡を取らず疎遠になっていた。



そんな彼との邂逅は、9年後の大学生二回生の夏。雨後の筍のように発達してきたSNSのハシリであるmixiを伝に繋がり、休暇を利用して横浜で落ち合う事になったのだが。















再会したKは、右腕肘から下の部分が失われていた。















居酒屋に入りお互いの近況について語り合ったのだが、違和感が止まらない。むしろ加速する。何故彼は消失した部位について全く言及せず、仲良くしていた頃よりも不自然に笑い明るく振舞っているのか。何故他にも何人か集まる予定だったのが、この場にいるのが僕とKの二人だけなのか。



違和感は不信感に変わり、とある仮説を頭の中で組み立ててしまう。過去忌まわしきバラックでの事件において、思い返せば彼の叔父は複数人だと危害を加える様子は無かったが、襲われた時は彼と僕の二人きり。そのデジャヴに冷や汗が流れる。頼んだ飯の味は、美味いとも不味いとも感じなかった。一刻も早く店を出たい気持ちにかられて、1時間も経たない内に用事があると嘯き、会計を済ませた。



触れてはならないと分かってはいたものの、聞かずにはいられない。彼との別れ際に、僕は一言だけ尋ねてしまった。












「なぁお前さ、あれから叔父さん元気か?」


















Kは、





























「アイツはもう引退した、今度は俺の番だから」





















ぐにゃりと音がしそうなほど、歪な笑顔を浮かべながら、そう、応えた。



想像でしかないが、どうやら彼は継承の儀を終えたようだ。腕が無い点も、裏づけになる。あれだけ仲が良かったKとこの先二度と会えない事に対し、恐怖と悲しみが織り交じった、なんとも言えない気持ちのまま、僕は新幹線に乗り横浜をあとにする。



それから今現在に至るまでの間、Kとは再会をしていない。出来る事なら会いたくない。可能な限り何があっても絶対に会いたくないと、切に願っている。



一度目は普通に接していても、差し向かう事を条件に、二度目は暴力衝動が抑えられない血筋、業を背負った異邦人。



殺されかけるのは二度とごめんだ。



僕はまだ死にたくない。