雑魚リーマンがギャンブル依存症を克服する為のブログ

ギャンブル依存症・安月給ザコリーマンが健常者へと歩む行動記録

自分がギャンブル狂いの借金持ちになるまで<前編>

戒めの意味も込めてですが、ぱっと思出せる限りで書き出してみようかなぁと。。

 

 

そもそも自分がギャンブルに染まり出したのは12年前の浪人生の時。

 

 

中高生の時分、ラウンドワンやゲームセンターにてアミューズメント仕様の台を触っていたことも、今思えば伏線だったのでしょう。

 

 

本気で勉強する前、バイト先の店長から話を聞き、ホールに通うようになりました。

 

 

ギリギリ北斗4号機がまだ置いていた当時、台の仕様が分からぬまま、逆サンドに金を突っ込んでメダルが出てこずビビって即帰宅したり、海物語で当たりを引き箱が玉でいっぱいになりどうして良いか分からずめちゃ焦ってた記憶があります。

 

 

しかしその時は大勝ちもせず、そこまでのめり込むことも無く、6月くらいからバイトも辞め一日12時間以上勉強に打ち込み、晴れて念願の関関同立の一つに無事合格。

 

 

………ここからでしょうね、道が逸れ出したのは。。

 

 

まぁまぁ厳しい体育会系に属しながら、コンビニの夜勤バイトを続け、授業は当然休むか出席しても寝てるかを繰り返し、単位はボロボロ。

 

 

彼女も2回ほど作ったものの、セックス<ギャンブルに重きが置かれるようになるまで、そう時間はかかりませんでした。。

 

 

初めはパチンコばかりでしたが、スロットに手を出すようになり、週に1回→毎日行くに様変わりします。

 

 

エヴァのAタイプを狂ったように打ってました。

 

 

※まだ全然目押しができなかったので青七ビックorバケの時は店員さんを呼び出し揃えてもらってたの、今思うとすごく恥ずかしいです。。。

 

 

で、仕様が分かるにつれ、当然のごとくart機にも手を出すようになり、大勝ち・大負けを繰り返すようになります。

 

 

行く頻度が上がる分夜勤バイトの給料だけじゃ足りなくなり、シフトを増やして大学には部活だけしに行く日常になり、寝不足でも朝からパチ屋に並ぶルーチンが完成します。

 

 

で、それでもお金が足りなくなって、とうとうアコムに手を出しちゃうんですねー。あたしってほんとバカ。。

 

 

限度額はスタート10万でしたが、40万まで引き上げ更にもう一社でもカードを作るようになり、累計80万円くらいになりました。

 

 

そして部活の合宿中で長野県の山奥にいる際、返済期限を過ぎた為、自宅に電話がかかって来て親にバレる大惨事となりました。

 

 

正直あの一連は思い出したくないんだよなぁ………死ぬ程怒られたし。。。

 

 

※あと1、2回同じ事を繰り返します。。

 

 

と、ここまでが大体半分くらいですね。

 

 

12こ上の彼女と同棲し大学勝手にやめた事や、一旦チャラになった借金が210万円まで膨れ上がる現状に至る経緯はまた追々書いていこうかと。。

 

 

自分で言うのもなんだけど、まぁまぁヤベェ奴だと思った(小並感)